模範囚Kさんが急に自暴自棄になってしまった。
自分が初犯刑務所で服役中、印象に残っている人がいた。Kさん人。
若くて、体が大きくて運動神経が良くて、社交的で、頭の回転が早くて、面白くて・・・
刑務所にいたらもったいないと思うような人。
自分よりも早く服役を開始していて、4年間くらい無事故で過ごしていた。
無事故で4年も経つので、2種2類。
体を動かす工場で(A作業の工場)で、作業等級も1等工(一番上で、作業成績や態度の加算を含めて、1ヶ月1万円くらいもらえる)。
その人のいた工場では、計算係や衛生係(いわゆる立ち役という、工場の中心人物)が対立していた。
我慢してギリギリの状態でなんとか日常を保つ感じだったのが、あるとき我慢を超えたようで。
そして、もう一緒にやっていけない、となってしまった。
工場内で少し離れて距離を置くように・・・とかできない。
Kさんは、Aさんと対立した。
Aさんは工場担当にすごく気に入られていた。ゴマ擦ったり媚び売ったりして取り入るのが上手い人だったから。
だから、他の懲役囚を掌握することも上手いようで。だが、わかる人が見ればわかるので、一部の人からは嫌われれていた。
詳細は書かないが、Aさんはすごくずるいことをした。それは違反行為でもあるし、懲役同士として許され難い行為で、Kさんとの対立が深まったらしい。
悪いのは、Aさんだったという人が多かった。
事実がどうかはわからないが、多くの人がそう言ってた。そしてKさんもそう感じてたらしい。
しかし、工場担当はAさんの肩を持った。
そして、不満があるならお前が出ていけ、と言ってKさんを工場から追い出した。担当抗弁(職員に抗弁するという違反行為。これはどんな些細なことでも違反にできてしまうワイルドカードみたいなもの。。。)。
調査でも、事実を訴えていたようだが、
Aさんの違反行為についても、担当抗弁についても、全く聞く耳を持ってもらえず、一方的に全てKさんが悪いということになったらしい。そして、懲罰を受けた。
それがあって以降、Kさんの受刑生活は荒れて行った。
次の工場に行っても、数ヶ月しか持たない。他の懲役(工場に古くからいる人)と少し口論になることがある。(どっちが良いか悪いかではなく、意見が違うので)
しかし、工場担当は、古株を大事にすることが多いので、その工場担当も、Kさんではなく古株の肩を持った。特に理由などを詳しく聞くこともなく。。。。
Kさんは、その工場担当の贔屓に納得ができなくて、また担当抗弁で懲罰になった。
その懲罰を受けた後、Kさんはもう工場に出ることをやめた。
作業拒否、そして作業拒否(違反)に対する懲罰を繰り返し、
類も5類という一番下に落ち、10等工という1月600円くらいになり。。。
もう満期上等になっていった。
初めは、少しでも多く仮釈放をもらって、とか。
服役中も体を鍛えたり、勉強したりしていたが・・・
自分が運搬中などにKさんを見かけたが、
同じKさんではあるのですが、顔や目が別人のようだった。。。
刑務所では、
「出るところに出るぞ」っていうことがなかなかできない。
不服申し立て、苦情の申し立て、審査の請求、
刑務所視察委員会への面接の申し出、
などができることになっているが、
申し出たりしたところで何かが変わることはほとんどない。
刑務所や職員から「面倒臭い奴」と煙たがられ、
嫌われ、嫌がらせをされるようになることすらある。
自分は、初めは少し戦ったが、
刑務所からの圧力を受けて、戦うのをやめた。
仮釈放の審査の請求のスタートは、刑務所なのである。刑務所から嫌われたら、仮釈放がもらえなくなってしまう。
また、服役中、大変過ごしにくくなる。担当抗弁だとか指示違反だとかで、テキトーな理由をつけられて懲罰になることもある。
刑務所内では、世渡りが下手だとかなり大変で苦労する。
同囚間だけでなく、職員との関係においても、
嫌われるとものすごく大変。
自分も性格が不器用なので、結構苦労した。